昨年6月に自身のレーベル・Cana ariaからは初となるフルアルバム「Candy tuft」を発表した田村ゆかりが、早くも次のフルアルバム「あいことば。」を完成させた。前作から1年足らずの短いスパンながら、書き下ろしの新曲のみで12曲という意欲作。新たな作家陣との出会いもあり、これまでとは違った一面も存分に味わえる1枚だ。これほどハイペースで新作をリリースすることになったのはなぜなのか。2枚のアルバムを携え行うことになった全国ツアーの開催を目前に控える田村に、アルバム制作の経緯やツアーへの思いを聞いた。
取材・文 / 臼杵成晃
コロナ禍のFCイベント
──前回のインタビューでもコロナ禍のお話をしましたけど(参照:田村ゆかり「Candy tuft」インタビュー)、状況としてはあまり変わらないですね。
相変わらず“無”な感じですけど、もう無に慣れてきました。慣れたくはないですけどね。
──前回お話を聞いたときは、こういう機会なので動画や生配信を積極的にやってみたいとお話していましたが……。
やってないです!
──(笑)。ゲーム実況など、いくつか試している様子は見られますけど。
ちゃんとやるならば編集をする人とかが必要だなーと思うと……やれないですね、結局。ゲーム実況は、イベントでゲームをやろうと思って、その前にゲームのことを知っておいた方がいいなと試しにやってみたんです。本当はもっとちゃんとやりたいんですけど、「どうしたらいいんだろう?」というところで止まっちゃう。当たり前ですけど、人が動くとお金がかかるじゃないですか(笑)。
──動画制作が手軽にやれる時代にはなりましたけど、いざちゃんとしたものを作ろうと思うと、やっぱり「餅は餅屋だ」と感じますよね。
そうなんですよ。やりたい気持ちだけはあるんですけど、まあ、気持ちだけですね(笑)。
──昨年はツアーは中止になったものの、11月にファンクラブイベントが開催されましたよね。ひさびさに王国民(田村ゆかりファンの呼称)を前にしてのイベントでしたが、いかがでしたか?
ゆるーいイベントでした。やっぱり、やれることの制限がどうしても多くて。もしかしたら観ているぶんにはわからない部分もあったかと思うんですけど、コロナ禍の中でやれること / やれないことが細かくあって、その中でやれることをやってみよう、という感じだったんですよ。
──なるほど。いつものファンクラブイベントのようにライブもガッツリやりつつ、というわけにはいかないですよね。1席ずつ客席を空けたソーシャルディスタンス対応の風景はいかがでしたか?
マスゲームみたいできれいでしたね。
──(笑)。皆さん座って?
はい。まあ立ち上がって盛り上がるような場面もなかったので。やっぱり大騒ぎをするような展開は作れないし、来るお客さんもこの状況になって初めて大きなイベントに参加するという人もいたと思うので、どうしていいのかわかんないような雰囲気はありましたね。
なんにもやることがなくて
──前作「Candy tuft」から1年も間を空けずにフルアルバムをリリースするというのは、かなりハイペースですよね。
そうですね。だって、なんにもやることがないじゃないですか。
──(笑)。
「まだ前作のライブもやってないのに次のやつ出しちゃうの?」とか、戸惑ってるお客さんもいると思うんですよ。単純にうれしいという反応が大多数ですけど、そうじゃない人もいるみたいで。
──確かにこれまでの流れであれば、アルバムを出したらツアーを回ってその世界観を表現して完結、みたいな流れがありましたよね。「やることがないから曲を作る」というのも極端ですけど、それだけ新曲を作るモチベーションは高かったということ?
モチベーションが高かったかというと……そうでもない。ふはは(笑)。ツアーをやってないから新しいアルバムを作っちゃいけないなんてルールはないし、明日自分がどうなってるかわからないし。だったらまあ暇だし、やれることをやったほうがいいんじゃないかなって。
──「Candy tuft」を経て、次はこういうアルバムにしたいというような構想はあったんですか?
それもまったくなかったんですよね。
──自主レーベルであるCana ariaでは田村さん自身の意思を優先されていると前回おっしゃっていましたけど、例えば新曲を発表するにしてもアルバムではなく、単曲を配信でリリースするというスタイルもありますよね。アルバムで出したいというのは田村さんの希望ですか?
それは単に慣習というか、「今までそうしてたから」というだけかもしれないですね。
──もともと田村さんはシングルでもカップリング曲で陰影を付けたバリエーションを見せるなど構成に凝っている印象だったので、そこにはこだわりがあるのだと思っていました。
しっかりコンセプトを作って「こんなアルバムにしたい」という気持ちがそれほどあるわけではなく、最終的に形を整える、みたいな感じなんです。もちろん単曲の配信もやっちゃいけないわけじゃないし、これからやるかもしれないけど、単体で出すとなると逆にめちゃくちゃ意味が出ちゃうなと思って。この曲をどうしても聴いてほしい、魂の叫び!みたいな。新曲は作りたいけど、そういうことじゃないなあって。
すごくポップなアルバムです!
──そうすると今作も、歌ってみたい曲がいくつかあって、それを最終的にアルバムとしてよい形に収めていくような作り方を?
そうですね。わりと最後のほうまで「形が見えないなあ」と思いながら(笑)。
──そうなんですね。これまでのアルバムの中でもとりわけキャッチーで、全体のまとまりもよいポップな作品だなと感じたので、それはちょっと意外です。
ホントですか? 自分としては「ちょっと地味になっちゃったかな」と思ってたんですけど……。
──ポップでキャッチーというのが、初期の頃にあったいわゆる電波ソング的なクセの強いトリッキーなものではなく、正当なポップス集というか。
なるほどー。確かに、私が思った「地味だな」というのはトリッキーさがないからなのかもしれない。ただ、ここで「地味」と言っちゃうとみんなその情報に右へならえで流されちゃうので……すごくポップなアルバムです!
──(笑)。それに、田村さんのアルバム作品はどこかに濃い沼のような部分、漏れ出るネガティブな悲鳴のようなものが隠れていないかと勘ぐりながら聴いてしまうのですが、それも感じられず。前作でも同じように感じましたけど、さらに軽やかになっている印象で。
なんだろう……今の状況下で、何をやっていいのかよくわからなくて。トリッキーな曲が少ないのも、ツアーで歌うことを考えたら「曲が死んじゃうな」って思ったんです。お客さんが声を出せない状況下で、その状態に慣れちゃうと、いざ声を出せるようになったときも、その殻から抜けられなくなっちゃうと思うんですよ。何年か前ならワーッと声援が上がっていた曲も、静かに聴くようになるんじゃないかなって。クラップに誘導できそうな曲だったり、そういう今の形で聴いて楽しめる曲を集めたらこうなった、という感じはあるかもしれないです。やっぱりコンペで曲を選んでいても、「ここでお客さんも一緒に歌えそうだなー」と想像できる曲は選べないし、あまり入れられないんですよ。まだ歌えない。
──王国民のリアクションでワンセット、みたいな考え方ができなくなっているという。そう考えると、これまでは大盛り上がりできるトリッキーな曲とのコントラストとして重めな曲も配置されていたのだけれど、そのバランスが変わってしまったとも言える?
そうかもしれないですね。あまり深く物事を考えていないのであれですけど(笑)。
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幻の2020年ツアーで歌うはずだった新曲